敬愛する柚木郁人氏が本作をブログで紹介しており、氏曰く「ミステリータッチ」とのことだったので、興味津々でゲット。最近はこのブログでも何回か表明している通り、紙本を買うのは極力控えているのですが、妖しいジャケ画ともあいまって購入意欲をそそられた次第です。
物語は、童貞少年がなぜかスッ裸のまま浴室で眼を覚ますと、自分の名前も思い出せずに混乱する。何か自分の記憶の手がかりを見つけようと部屋のなかをさまよい女装趣味に耽っていると、ボーイの前にひとりの美熟女が姿を現す。彼女は少年に薬を投与して複数の女性と交合させるのだが、その真意はいかに……という話。
美熟女が彼を監禁した目的は中盤以降で明らかにされるのですが、その復讐の真意については最後の最期まで伏せられたまま物語は進みます。こうした美熟女の動機の背後に隠された彼女とボーイとの関係のほか、交合相手となる女性たちのフーダニットなどが用意されているところは確かにミステリ。このあたりは普通の官能小説の風格とは大きく異なります。
ちょっと面白いのは、記憶喪失というミステリにおいては物語を牽引する上では極上のモチーフとなりえるコレを前半にアッサリと破棄してしまい、主人公があっさりとこの美熟女との馴れそめを思い出してしまうところでしょうか。ジャケに記されている「ある日、目が覚めると、少年は見知らぬ浴室にいた。恐ろしいことに記憶もない」という惹句とやや異なる物語の展開は賛否の分かれるところカモしれません。
官能シーンでいえば、昨今流行の男の娘の妙味もしっかりと添えて、ボーイに女装をさせて、そこにこれまた美熟女というトレンドを重ねて様々なプレイも交えて官能を盛り上げてくれます。とはいえちょっとアッサリ気味かな、というふうにも感じられたのもまた事実で、もしかすると作者はもともとミステリ畑の出身で、官能小説に転向した人じゃないのかナ、と感じた次第です。
官能とミステリとのさじ加減について色々と考えさせられる作品で、本作では中盤以降も上に述べたような主人公と美熟女ヒロインとの関係性にまつわる謎が先だって、あまり官能シーンに集中できないという副作用があり(爆)、このあたりは読み手の意識に大きく依存するような気もします。謎があればそれについて突っ込んで考えてしまうというミステリ読みの自分はこんな感じの読み方になってしまいましたが、あまりミステリを読んでいない、官能小説オンリーの読者であればまた違った感想も持たれるかもしれません。ミステリ読みとして本作の印象を一文で記すとすれば、「チャカポコチャカポコ鳴っているかと思ったら、いつの間にか大石圭がノベライズした韓流映画のアレになっててビックラポン」といったところでしょうか(意味不明。ただ読めば判ります)。
復讐の企図と、ボーイと交わる女の正体についてはミステリ読みであればおおよそ簡単に推理できてしまうのではないかと推察されるものの、本作でもっとも驚かされたのは、謎解きにおいて明かされる真相そのものではなく、復讐の背景が明かされたあとのボーイをはじめとする登場人物たちの立ち居振る舞いでありまして、倒錯したハーレムをアッケラカンと開陳して幕となるこのシメ方は、ミステリータッチで進行した官能小説としてはかなり異端。ミステリの風味を添えた官能小説といえば、館淳一御大などが挑み、また大きな成果を残した路線ではありますが、官能小説からミステリに近接したというよりは、その逆にミステリから官能小説へとベクトルを向けつつその外観を完全に官能へと振り切ってしまった作風はかなり貴重。個人的にはこの作者の次作に大期待したいと思います。
犯罪を絡ませつつ、主人公や美熟女ヒロインのアッケラカンとしたキャラ造詣ゆえ、カジュアルに愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。