作者の作品を手に取るのははじめて。Reader™ Storeにあるマドンナメイト小説本全読破を目指しての一冊ゆえ、とにかく知らない作者でも読んでみるべし、ということで『おさない疼き 美少女たちの秘密基地』と同様、あらすじにざっと眼を通した限りではあまり興味の湧かない雰囲気だったのですが、存外に愉しめました。
物語は、保険外交員の女と浮気をしてしまった奥手でウブの男が、転倒した贖罪意識にかられて、妻にも浮気をしてほしいと切りだしたのだが、――という話。
ちょっと吃驚したのは、全編濡れ場は二シーンだけでしっかりと一冊にまとめているというその構成で、いうなればそれぞれの濡れ場は相当な長丁場。しかしながら、そのじっくり丁寧に盛り上げていく官能描写はまったく飽きさせず、特に後半、寝取られ妻を演じて自らの淫蕩な血を自覚した彼女が童貞ボーイを誘惑するシーンは素晴らしいの一言。前半の、幼馴染みに妻を差し出す夫と、その妻、そして幼馴染みの色事師の三者の視点から官能を描いていく構成も面白く、妻が色事師に心と体を開いて快楽へと溺れていく様を眺めながら、自らも寝取られ願望があるマゾであることを自覚してさらに興奮の度合いを高めていく夫との対照的な心理描写がまた秀逸です。
二人ならぬ三人の心の戸惑いと興奮を織り交ぜた濃密な官能描写が終わり、このあと三人の関係はどうなるのかと思っていると、舞台はがらりと変わって、夫婦の家に受験勉強で軽く居候することになった童貞ボーイを、今度は寝取られ妻が誘惑するというストーリーが大展開。前半では寝取られ妻を色事師が追い込んでいき、彼女の心の奥底にある暗いマゾ嗜好を開花させるという流れでしたが、こちらでは童貞ボーイを誘惑するサド気質を見せつけるという切り替わりが面白い。また本作で興味深いのは、夫婦の物語でありながら、二人の会話はほとんど描かれず、もっぱら二つの官能シーンをじっくりねっとりと描き出すことに費すことによって、二人の関係を間接的に炙り出していくその構成でしょうか。夫はあくまで黒子に徹し、凝視することの悦楽を独白によって語るのみで、この特異な構成と趣向が、夫とともにスクリーンごしに妻の痴態を覗き見ているかのような背徳的な効果を生み出しているところにも注目でしょうか。
もっともこの旦那の視点はあくまで従属的なものに過ぎないところにはちょっとした理由があって、それは最後の最期、彼がある妻との関係を回想するシーンで描かれるのですが、エピローグで明かされるこの真相にやはり女は怖い、と苦笑するか、あるいは妻を可愛いなと思えるか、――このあたりに読者の度量が試されているような気もします(爆)。
二シーンというコンパクトな官能場面をじっくりと描き出した、映画というよりは演劇的な構成によって濡れ場に徹した結構は、長丁場となる官能描写に技巧が伴わないとできるものではありません。その意味ではさすが、というべきでしょうか。自分の場合、マドンナメイトには本作のようなオーソドックスな趣きよりは、柚木郁人氏や佐伯香也子女史のような官能小説の枠組みを大きく逸脱した異端派の作風を期待しているがゆえ、本作はちょっと自分の趣味とは違うなァ、……というカンジだったのですが、ぶつ切りの官能描写ではなく、じっくりと腰を据えた丁寧な官能シーンを所望の御仁にはかなり愉しめる逸品といえるのではないでしょうか。