これもAubebooksからまとめて購入した中の一篇で、とにかく上手いとしか言えません。まさに大人の官能小説とはいかにあるべきかを示す一篇で、官能描写は最後の最後、男女の情感を高めるクライマックスにのみ使用されてい、官能小説というよりは寧ろ恋愛小説にジャンルわけした方が多くの読者の手に届くような気がしました。
物語は、唐津を訪れたヒロインが偶然入った土産物屋で、かつての恋人が焼いた器に出逢い、そのあとふと通りがかった店で印象的な帯が目に入る。その帯の柄もまた彼が描いたものだということを知ると、彼女は偶然に導かれるようにその店で彼と運命の再会をするのだが、――という話。
上ではかつての恋人、と書きましたが、ヒロインが運命の再会を果たすまで、彼女と男との関係が詳らかにされることはありません。もちろんヒロインの動揺から察するに、それがかつて親密な関係にあった男であったことを察するのは容易なのですが、そうした登場人物の背景を少しずつ、少しずつ明らかにしていく展開が秀逸です。彼女には夫がいることや、彼との再会を果たしたあとで語られる昔の恋物語にしても、いっさい説明口調で綴られることはなく、さりげない会話や登場人物たちの挙措に添えるかたちで次第に明かされていくヒロインの現在と過去、そして男との関係――。
このあたりの謎解きにも似た展開とともに、次第に運命の再会へと向けてささやかな緊張感を孕みつつ進行する前半部と、ついに出逢ったしまった二人が現在に至るまでに秘めていた思いを吐露して官能へと突き進む破急など、恋愛小説としても完璧としかいいようがない構成に打たれました。長編であれば、この偶然がもたらした一時の奇跡がこれほど劇的に描かれることもなかったろうし、まさに短編ならではの妙味を堪能できる一篇といえます。前回の「花に呼ばれて、彼女は」に比較すると、Extremeな趣は薄く、個人的には王道を行く恋愛・官能小説として愉しみました。
ヒロインの視点から綴られる情感や戸惑い、そしてそこから盛り上がっていく緊張感など、とにかくスリリングな趣が濃密な一篇は、女性読者にとってはタマらないのではないでしょうか。もちろん男性読者の視点からも、このヒロインのさざ波だつ内心の挙動は相当に官能的で大いに愉しめること請け合いでしょう。作者の作品は自分は始めてだったのですが、連城や赤江瀑にも通じるロマンチシズムや、花房観音を彷彿とさせる女体と芸道(本作では陶器、観音小説では和菓子トカ)の重なりなど、まさに『悦』らしい一篇ともいえるのではないでしょうか。オススメです。
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花に呼ばれて、彼女は / 蛭田亜紗子