瀬井氏が最近Kindleで刊行した短編。作風としては「特選小説」の2015年11月号に掲載された「二十年目の日焼けあと」に近い、中年男と若い女性との出逢いを描いた一編ながら、個人的にはこちらの方が好みでしょうか。堪能しました。
あらすじはIターンで農業を志し田舎村にやってきた中年男が、農業体験ツアーで知り合った若い女性と、――という話。「二十年目の日焼けあと」が、年の差のある男女の再会の物語であったのに対して、こちらは男女の新しい出逢いを描いている点がまず大きな違いでありまして、「二十年目」では物語の進行とともに二人の過去が描かれていくのですが、本作では視点人物の主人公の過去は冒頭で早くも明かされつつ、体験ツアーに参加した、ちょっと風変わりの女性の存在に謎を添えて物語は進んでいきます。
農業をしてみたいという大きな関心があるようにも見えない彼女がなぜこのツアーに参加したのか、――この動機の部分の解明は主人公といいカンジになっていくに従って、彼女の口からさらりと告白されるのですが、そこから官能を予感させるシーンへと流れていく構成がとてもイイ。「土の匂いがする」という彼女の台詞など、ちょっと「実用一辺倒」の官能小説らしくない風格は、「二十年目」以上で、大人の男女の会話はちょっと連城っぽい(爆)。彼女の過去をもう少し奇矯なものとして、その謎を物語の後半まで引っ張っていく結構だったら連城っぽいミステリに仕上がったカモ、……なんてミステリ読みの自分は感じた次第です。
「二十年目」の野球観戦を背景音とした日常感溢れる官能描写も秀逸でしたが、こちらも田舎なんだからやっぱ大自然で思いっきりッ! という読者の期待を裏切らない趣向で魅せてくれるのですが、「激しく降りそそぐ雨と、むせかえる森の香り」という地の文のポエジーと、「れろれろ、ちゅぷり」「じゅるるっ」というオノマトペのコミック感の一体感は作者の真骨頂。彼女が植えた花に託して、二人の明るい未来を予感させる爽やかな読後感もこれまた瀬井氏らしい。暗い官能小説はちょっと、……と尻込みされる方も安心して手に取ることが一編といえるのではないでしょうか。