不思議な小説。たくさんの官能シーンが描かれた正統の風格を持ちながら、ハルキっぽいシャレオツな主人公が口にする女性の痴態の表現は独特で、さらには普通の不倫小説の体裁をとりながら、物語が進むにつれて主人公のフェチぶりや奥様方の変態ぶりが次々と明かされていくという展開が、不思議な軽さと浮遊感を醸し出します。これはかなりハマりそう(爆)。
物語は、パティシエとして成功した主人公が自分の住んでいるマンションでお菓子作りのサークルに参加する。やがて彼はそのなかの一人の人妻にホの字となり、関係を結ぶのだが、――という話。人妻がたくさん参加しているサークルということで、話の長さによっては、たくさんの人妻と関係を持ってハーレムものへと転じていく展開がすぐに予想できてしまうのですが、本作ではそうした安易な方向を回避して、主人公の不倫関係を二人の人妻に集約させた趣向がまず素晴らしい。この二人の人妻の一方が相手に対してライバル意識を持ちながら、主人公はそうした近所の人妻ならではの駆け引きに利用され、やがてアッサリともう一人の人妻とも関係を持つにいたるのですが、前半の人妻・優美といよいよ関係を持つにいたるまでが非常に丁寧に描かれているところも好印象。おおよそ官能小説らしくない、とことん強引な展開を回避してソフトエロスな路線で進められていく展開が心地よい。
そして何よりも注目するべきは、パティシエの主人公ならではのスイーツな語彙を駆使した女性の痴態の表現方法でありましょう。このあたりをダーッと引用すると、
「やわらかいおっぱい……極上のプディングみたいです」「ほら、パンティのここ、指で触れると、奥からシロップがにじみ出てきます」「野原さんの恥ずかしいシロップ、ほとんど舐めとってしまいました」「……榊さんのナパージュ、味わってみたい」「榊さんの恥ずかしい毛、ナパージュの海で波に揺れているみたいです」「榊さんのナパージュ、僕のお店の新作スイーツに使いたいですよ」「おっぱい、すごくやわらかい……ミルフィーユ生地を練っているみたいです」「パンティの透けたワンピースの奥に、こんなおいしそうな食材を隠していたんですね」「お尻の周り、シロップを塗ったみたいに光ってます」
さすがに「ナパージュ」の比喩に関しては、このあとすぐに相手の人妻から、「んん……なにへんなポエム言っているんですか」とツッコミを入れられるほほえましさを見せてくれるのですが(爆)、こんなかんじでハルキ風とでもいうべきポエムを語りながら描き出される人妻との交歓も、最初のうちは苦笑するばかりだったのですが、読み進めていくうちに癖となり、不思議なトリップ感を醸し出してくるから不思議なもの。
やがて人妻の奇妙な性癖を見抜いた主人公はある行動に出るのですが、前半の恋愛小説ふうのイメージからはとうてい想像できない変態ぶりから、人妻サークルにありながら登場する女性は二人だけという趣向を最大限に活かしてフェチと変態行為の饗宴を描き出し、最後には主人公自身がその変態行為によって絶頂を迎えてジ・エンド。
あっさりとした読み口でありながら、恋愛小説めいた前半の外観と後半の変態行為とのギャップやスイーツ・ポエムを駆使した痴態表現など、その軽さの背後には軽妙さに裏打ちされた作者ならではの強い個性が感じられます。マドンナメイトのお約束で作者についてはいっさい書かれていないものの、そのこなれた文体には一般小説で慣らした老獪さを感じさせる作者におかれましては、是非ともこの軽妙フェチ路線で我が道を開拓していってもらいたいと期待してやみません。綺羅光の”ミルク”の独自性を軽々と凌駕した「ナパージュ」「シロップ」「ミルフィーユ」といった痴態表現の独自性を味読するだけでも本作を手に取る価値はアリでしょう。オススメです。