おおよそマトモな官能小説ではない、どちらかというとSFや怪奇幻想たる奇天烈なアイディアを炸裂させた好編がテンコモリの一冊で、このあたりの作風については、ジャケ裏の紹介文を読んでもらうのが一番でしょう。
こんな官能小説、今まで読んだことがなかった!
通勤電車、超能力で生意気な美人課長を「念動責め」
夫の出勤後を見計らい「透明人間」で人妻の寝室へ。
戦国時代へ「異世界転生」し、甘い夜伽を望まれて。
いきなり訪ねてきた艶めかしい絶世の美女は「雪女」!?
男の妄想が現実に変わる。世にも奇妙で淫らな物語。
実際にこの通りで、官能小説としての官能描写はもとより、個人的には懐かし風味さえ感じさせる作者ごとの奇想が微笑ましくもクダラない(褒め言葉)傑作揃いで、堪能しました。
個人的にツボだった作品を挙げていくと、まず冒頭を飾る香坂燈也の「見えない指~念動責め」は、上にある『通勤電車、超能力で生意気な美人課長を「念動責め」』というやつで、これはもう、そのマンマ、式貴士こと蘭光生御大の「触覚魔」。あらちもコメディ風味が微笑ましいまさに式・式の傑作ですが、香坂氏の本編もアレに勝るとも劣らない逸品でありました。憎たらしいけどエロい上司を、ヒョンなことから手にした超能力によってメロメロにしてしまうという流れはこれまた期待通りなのですが、本作では見事美人課長を件の念動力によってモノにした後のオチがとてもイイ。ソフトな陵辱ものを装いながら、最後のオチで官能小説的ほのぼのさを醸し出すハッピーエンドへと収斂させた作者の手際の素晴らしさに喝采ものの一篇です。
青橋由高「一晩、泊めてください」は、上の紹介文にある『いきなり訪ねてきた艶めかしい絶世の美女は「雪女」!?』で、こちらは雪女の科学考察も若干まじえてその奇想の知見さえもエロへと結びつけてしまう官能小説らしさが秀逸です。雪女を純粋にホラーにすれば、例えば楳図かずお御大の某短編みたいにもできるし、ここへ科学的考察を添えた叙情SFに仕上げれば、石黒達昌の「雪女」のように調理できたりと、雪女というモチーフは非常に”おいしい”素材でもあります。本編では、主人公の男性を作家としながらも、雪女との約束とそれを破った酬いというこの説話の重要な部分はやや脇においてしまったところがちょっと弱いかナ、――と思わせておきながら、現在の時間軸でもう一人の雪女としか思えない人物が実はアレだったと脱力に傾きかねない真相を、無理筋の3Pへと昇華させた豪腕が二重丸。
弓月誠の「未亡人叔母のおっぱいは僕の寝床」は、朝起きてみたら小人になってた、というカフカからこっち、幻想物語では定番中の定番をモチーフを採った物語ながら、小さくなってしまった理由が妙に現代的であるところが微笑ましい。小さくなった男の子が憧れの叔母さんにやることといったら、……男の妄想を炸裂させた官能描写は、逆に見ればコレ、巨人女とのプレイと相成るわけで、そこはかなりの想像力が必要とされるものの、大変愉しめました。
巽飛呂彦 の「戦国時代に異界転生!?」は、タイトルまんまに戦国時代へと転生(?)してしまった主人公が、先生や同級生ソックリのおなごたちとムフムフな行為に及ぶという話。さりげなくくノ一女も交えて、現代にいう「女捜査官」のサブジャンル的趣向を添えた展開も素晴らしいのですが、個人的にはこのオチに超ニンマリ。もしかして作者は、蘭光生こと式貴志先生のファンで、氏の最高傑作『虹のジプシー』も読んでいたのかナ、……なんて妄想してしまうオチにこれまたニヤニヤとしてしまう一篇でした。
もう一編のお気に入り、田沼淳一「透明人間X」は「見えない指~念動責め」にも通じる奇想のモチーフを活かした物語ながら、不気味な隣人が実は、……というやや恐怖小説に傾いたヒロインの怖れと旦那との夜の営み時に感じている違和感とを結びつけた心理描写が二重丸。いよいよ透明人間がその正体を明かして迫り来る描写は、「ンヒッ!!」と”耳に残る”ヒロインの喘ぎ声で幕を明け、「ウテルスアクメ」など新機軸の官能知識も添えて壮絶なヒロインの悶えっぷりで魅せてくれます。さらに「ガラガラヘビは一度に22時間は交尾をする」という豆知識を得ることができたのは思わぬ収穫でありました(爆)。
いずれも官能以上が奇想が際だつ好編揃いで、黒本らしさというよりは妙な懐かしさに思わずニヤニヤ笑いをしてしまう一冊はこの時代にかなり貴重。官能小説にもキワモノをとご所望の好事家の皆様には強くオススメしたいと思います。