名作復刊ということで、何十年ぶり(?)に読み返してみました。当時は、作者である蘭光生の正体が敬愛する式貴士であるとはつゆ知らず、普通の官能小説の一冊として手に取ったはずですが、当時はこうした作品をあまり読み慣れていなかったこともあって、中盤に描かれる乳首に鈴付けの拷問シーンを眼にしてかなり参ってしまった記憶があるものの、こうして読み返してみると、主人公も今フウの鬱屈した犯罪者予備軍というカンジではない、チャンと結婚もしていて翻訳を生業としている人物で、その性格描写にも式ワールドの男性登場人物らしい心地よい軽さが感じられます。
いかにも昔のフランス書院らしく、いきなりコトに及ぶような性急さはなく、主人公の学生時代の記憶からその特殊な自慰の方法にかなり細かな説明をくわえていたり、彼と妻との馴れそめから現在の夫婦関係など、主要登場人物の背景が冒頭からかなり丁寧に説明されている鷹揚な展開は、官能小説にただ「実用」のみを期待している御仁には、ややもどかしさを感じさせるかもしれません。
とはいえ、妻の出張中にいよいよ獲物を誘い出して監禁ならぬ「飼育」へと持ち込んだあとは、スムーズに強姦へと流れていくので、その点はご安心を。とはいえ、やはり後半に進むにつれて、主人公と「飼育」されるヒロインとの関係に微妙な変化が生じていくところが、式ファンとしては興味深い。翻訳をしている主人公が、英語の得意なヒロインに対してその英語文の意味を訊ねると、スッ裸の奴隷姿のままその意味を返し、さらには二人でうまい日本語の訳文を共同作業で思案するといった、肛虐や口淫といった中盤までの苛烈さな責めシーンの余韻を感じさせない、二人のやりとりのほほえましさはやはり式ワールドとしかいうしかありません。
「飼育」をきっかけに主人公は「成長」し、また彼と出会ったヒロインもまた自らの宿命の意味を知った挙げ句、二人は確実に今までの日常生活を離れて、新しい物語を紡ぎ出す出発点に立ったところで幕となるラストには、どこか清々しささえ感じさせます。これが大石圭であれば、ここで主人公が妻を殺してしまってヒロインと駆け落ち、――みたいな「絶望的なハッピーエンド」を見せてくれるような気がするのですが、肛虐口淫と激しい責めを繰り出しながらも、男女の関係にどこか純粋な思いを残した風格は、レイプものの帝王のような言われ方をされている蘭光生の作品というよりは、式貴士っぽいかな、という気も……というのは、あくまで蘭光生=式貴士だと知っている今だから言えるわけですが(爆)、初読時にこの事実を知っていれば本作に対する感覚もまた違ったように感じられたカモしれません。ロートルになったからこそ判る本作のピュアな情感は、ユーモアに傾斜した最近の官能ものともまた違った軽さを堪能できる傑作といえるのではないでしょうか。