恐るべき傑作。第二回団鬼六賞受賞作ということも納得の逸品で大いに堪能しました。団鬼六賞といえば、すでに大ファンである花房観音女史の『花祀り』が第一回受賞作ですが、本作もまた鬼六師匠の作風に女性ならではの筆致と官能を交えた物語という点で『花祀り』に勝るとも劣らない一冊といえるのではないでしょうか。
物語は箏の名家に生まれた美人姉妹が、敵対する箏家元のエロ男と祭を統べる好色禰宜二人の手に堕ちて、――という話。官能小説においては姉妹という関係をどう官能に昇華させるかが見所の一つでもあるわけですが、本作では奔放でブラックな妹に、婚約者もいてリア充満喫中の淑やかな姉、――という対立構図を軸に物語が展開していきます。巧いな、と思ったのが、物語の冒頭にさらりと描かれた前章でとある少女の自慰を使用人のムッツリ男が覗き見ているといるというシーンを描きつつ、その少女の正体を明かしていない趣向でしょう。
このあとすぐに物語は妹の視点から描かれていくのですが、姉の婚約者を恋慕して淑やかな姉を嫉妬する彼女の黒い内心と、彼女の使用人に対する印象を読者に明示することで、前章に描かれた過去の描写とを重ね合わせ、読者の読み筋を誤導してみせる構成がいい。この妹の視点と姉の視点との双方が交互に描かれていく前半から物語がさらに進むにつれて、上に述べたような奔放な妹と結婚を間近に控えた貞淑な姉という印象が崩壊の兆しを見せていくところも秀逸です。妹の方が主導権を握って物語は突き進んでいくのかと思いきや、敵方の箏奏者と好色禰宜の二人の陰謀に堕ちた姉妹二人がそれぞれに異なる対応を見せ、そこから一気に姉の存在感が浮上してくる後半部の展開は最高にスリリング。
男二人の奸計も交えて描かれる官能シーンは相当に濃厚で、官能小説としてもピカ一なところもまた本作の魅力の一つでしょう。女体を和菓子に喩えて鬼六流のSMを活写した観音女史の『花祀り』と同様、本作では箏奏者のエロ男が女体を箏に見立てて巧みな”演奏”を見せつける趣向が素晴らしい。『花祀り』で歓喜しながら黄金水を飲み干す怪僧も相当な衝撃でしたが、本作で「ほほう、甘露、甘露」と喜悦の呟きも交えて女の足の甲をしゃぶりまくるシーンには文豪・谷崎潤一郎の大納得(爆)。
ワル男二人の奸計に堕ちた姉妹二人が、本番の祭でどのような対応を見せるのか、そして祭はどう進行していくのか、――いやが上にも期待が高まるクライマックスは、壮絶なカタストロフによって幕を明け、濃密な官能シーンがこれでもか、これでもか、というくらいに連打されていきます。その中で前章に描かれた少女の正体がついに明かされ、姉妹の印象が完全な反転を見せる結構は完璧の一言。
タイトルにもある蝮という性的なシンボルを見立てに用いた幻想シーンや巧みな心理描写にくわえて、箏の家元の対立や主従関係といった鬼六モチーフをふんだんに活かした趣向はまさに団鬼六賞受賞作に相応しい逸品といえます。Aubebookにおいて電子書籍という形で復刊されなければ、決して手に取ることもなかった一冊ではありますが、今まで読んでいなかったのを深く後悔しつつ、この作品にいま辿り着くことができた僥倖に感謝したい次第。どうもアマゾンで検索してみたところ、明後日の一月八日には文庫版が刊行される様子ではありますが、文庫でも電子書籍でもとにかく鬼六師匠や観音女史のファンであれば万難を排してでも手に入れるべき一冊といえるのではないでしょうか。超オススメです。
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