Aubebooksのあらすじに曰く「鮮烈のハードロマン長編」。ハードロマンといえば、自分の場合、寿行御大の作品をイメージしてしまうわけですが、本作にそうした冒険色は薄く、ミステリっぽい官能小説といった方が判りやすいかも知れません。物語は、とある変態金持ちたちのプレイで再会したM男(シーメール)とM女。その二人が始めて出逢った二年前のあの夜のあと、いったい何があったのか――という話。韃靼公なるドS男や女王様との鮮烈なプレイが描かれる前半部はそこそこ長いのですが、このあと主人公が再会したM女に連絡を取るところから物語は過去へと遡り、ここからが本番となります。
怪しい古本屋で万引きをしたばかりに、店主の主人と女主の二人に弱味を握られ、自らの性癖に従うまま調教を受けることになる、――という展開の中で、丁寧に女装男子の悦楽をその内面描写を交えて細やかに綴る風格は期待通りの館ワールド。その一方、前半部でシーメールの主人公がM女に連絡を取ったところで言及される怪死事件については完全に置いてけぼり。純然たる官能小説として読んでいれば、女装男子への責めが丁寧に描かれる中盤部は満足至極に違いないものの、ミステリ読みの自分としては、古本屋の全焼によって怪死した人物の出自やその背景が気になって仕方がなく(爆)、中盤の官能シーンには没入せずに軽く流してしまったのは内緒です。
いよいよ舞台が回想シーンから現代へと回帰して、M女との再会が果たされる前に明かされる事件の真相にミステリというほどの意外性はないものの、古本屋の人物とM女との背景を明かしてみせることで、今までの官能小説的な流れを主人公とM女との背徳的な「純愛」物語へと変容させる手際は秀逸で、通常の官能小説であればまさに「本番」となりえるクライマックスを敢えて読者の想像に委ねた幕引きも心憎い。
派手さこそないものの、官能小説としての実用性よりも、そうした結構からにじみ出す官能の豊饒さをロマンへと昇華させた一冊として味わいたい逸品といえるのではないでしょうか。