この感想を書くために、今回あらためて読み返してみたのですが、やはり最後は不覚にも泣いてしまいました(爆)。異様な物語世界を構築してかなり重いテーマをも盛り込んだ作品ながら、官能小説という枠組みを超えた傑作だと思います。
物語は、北朝鮮が日本を占領し、――と、もうここからして完全にアサッテの方向にいってしまっているのですが、孤立した女学院を北の軍隊が掌握し、管理官であるかの国の人物が校長として君臨、将軍様の捧げ物として女学生たちを「教育」する事になるのだが、女学生の中にはレジスタンスと通じた娘っ子がいて、――という話。物語の視点は件の娘ッ子から描かれていくのですが、ヒロイン以上に、やはり北の国からやってきた管理官・クォンの存在が大きく感じられます。瀬井氏の作品は、官能描写においてはもちろん女性の心理の惑いや愉悦を最大の効果をもって描き出すために様々な技巧を用いているところが大きな特徴ではあるのですが、物語を推進していくのは、女性ではなく男性であることが多いような気がします。処女作である『美人調査員 調教魔の淫乱操作』しかり、昨日取り上げた『人妻ハンター―女を堕とす禁断のテクニック』しかり。――本作では様々なディシプリンを乗り越えながら、スパイ行為という使命を遂行するヒロインの視点から状況描写を行いながらも、上にも述べたとおり男性であるクォンの存在が際だっているのは、やはりその謎めいた存在ゆえでしょう。
本作では、クォンという男の内心を推し量ることが難しく、彼がこの学校に赴任してきた任務としての目的以上に、その個人的な事情が大きく絡んでいるような気配がある。それは前半部での彼の独白でさりげなく読者の前に提示され、ヒロインもまた、彼の「教育」によって自らのM性に目覚めるとともに、彼の存在が気になっていきます。ヒロインは外部のレジスタンスと通じているスパイという隠れた立場からクォンの内面を観察しているため、恋愛の対象として次第に彼の存在に惹かれていく自身の内心に気がつくことがありません。このヒロインの心理描写が非常に巧みで、官能描写以上に、ヒロインとクォンはいったいどうなるのか――そうした興味によって読者の意識を物語全体の展開に向けていく趣向が素晴らしい。
もちろん官能描写もシッカリと用意されているのですが、ここで注目したいのは、彼女たちは将軍様への捧げ物であるという「縛り」があり、それゆえ、北の兵士たちはどんな性的行為に及ぼうとも、決して彼女たちを傷つけることはできません。この物語に凝らされた「縛り」は、官能描写においても直接的にして安易な挿入行為を描くことができないという、官能小説としてはかなり厳しい制限が生まれることになるのですが、だからこそ様々な趣向を凝らして読者を愉しませるための様々な工夫が随所に見られます。「教育」というモチーフから、彼女たちに向けられる行為は、いきおいディシプリンへと近接していくのですが、登り棒を用いた破廉恥な行為などを描きつつも、ヒロインがそうした渦中でスパイという自らの使命を自覚しながら、自らのM性を次第に意識していく心の揺らぎと変転が作者ならではの筆致によって丁寧に描かれているところも秀逸です。
しかし、本作最大の見せ場は、今まで隷従しているかに見えた女学生たちが反旗を翻す後半の展開で、ここでの描写は完全に官能小説としての枠組みを逸脱しています。しかしながら作者は、そうした規格外の展開と、物語の設定によって生み出された「縛り」を重ねて、ヒロインが完全なるM女へと開花するシーンを官能のクライマックスとして描き出す、――安易な挿入行為を描けないという、本作の「縛り」が最大に活かされたこのシーンは、ヒロインのM女への変容を活写するとともに、本作が官能小説を超えた恋愛小説へとその姿を変える瞬間でもあります。
クォンの出自と来歴が、これまた官能小説らしからぬ長さで描かれているのですが、彼の暗い内面が、完全なM女へと変態したヒロインによって癒やされたのもつかの間、アクションシーンを経て、哀切極まるラスト・シーンへと流れていく後半の素晴らしさ、――そして、この「縛り」があったからこそ、官能的でありつつも崇高なほどに美しく感じられたヒロインの処女消失の描写をふたたび読者の脳裡へ想起させるかのように、「処女の証」が空へと飛び去っていくという哀切極まるラスト・シーン。――”泣ける”官能小説というジャンルがあるのかはよく判らないのですが、破格の作品世界とそこから生起する「縛り」を官能のクライマックスへと昇華させ、悲哀溢れる恋愛小説へと見事な変態を見せた本作は、最新作の『人妻ハンター―女を堕とす禁断のテクニック』の軽さと心地よさとは正反対の、重く哀しい作風ながら、まさに官能小説らしからぬ風格を持つ傑作といえるのではないでしょうか。オススメです。