またまたKindle Unlimitedからの黒本一冊。どうにも貧乏性なので、金を払ったからにはなんとかして元を取ろうとしてしまうという哀しさ(苦笑)……。今のところ、Kindle Unlimited読み放題ストアで「フランス書院」をキーワードに検索、上から表示された順番に読んでいこうかと考えているのですが、『夏期補習 ~奪われた彼女~』はジャケが漫画ゆえにとりあえずスルー。アマゾンの感想でも高評価で期待に胸が膨らむ本作ですが、結論から言ってしまうと、――自分的にはかなりの怪作、というべきでしょうか。なかなか愉しめました。
あらすじは、家政婦に筆卸してもらったボーイが、下宿先でも寮母さんにいいコトされてムフフ、……という話。その物語の趣向から熟女ものに分類される一冊ながら、本作で注目すべきは、端正な地の文によって描かれる熟女二人の美しさと、下品に過ぎるオノマトペとの壮大なギャップでしょうか。文体は最近の官能小説としてはかなり古風な趣さえ感じられるしっかりとしたもので大変に読みやすく、また女性の佇まいの美しさと官能への着眼点もおおよそヤングらしくない、むしろ自分のようなロートル、あるいはそれよりもっと上の大先輩方の読者を射程に据えたのではと感じさせるもので、例えば主人公の(この時点ではまだ)チェリーボーイが家政婦の弓恵さんに艶めかしさを感じるシーンをざっと引用してみるとこんなカンジ。
冬とは違い、弓恵は足袋を履いていなかった。踏み台に乗っても届かないらしく爪先立ちした生足が足首辺りまで着物の裾から覗いている。紺地の着物とは対照的なくるぶしの生白さがなんとも艶かしい。
いたずらに臀や胸など、ボーイの年齢層に明快な部位ではなく、着物の裾から覗いたくるぶしという「判る人には判る」着眼点で女性の挙措の美しさをさらりと描いてしまう筆致のうまさ、――もう、これだけでもかなりの高得点なのですが、吃驚なのは、いざボーイと家政婦の弓恵さんがコトに及んでからのシーンとの激しすぎる落差でしょう。もちろんそこにいたるまでの経緯としては、ボーイが家政婦の下着を盗んで、それが見つかって云々、……という定石をしっかりとトレースした展開が用意されているわけですが、彼女がボーイに接吻を仕掛けるや、上に引用した端正な地の文の美しさはどこへやら、台詞ととももにねちっこく記されるオノマトペの激しさはこちらの予想をまったく裏切るほどに激しいもので、ここ最近読んだ官能小説の中でもその奇天烈さは群を抜いています。これも少しばかり引用してみると、
「んちゅうっ、ちゅぷ、ちゅうぅんん……っ。坊ちゃん、私ばかりじゃなくて坊ちゃんからもキスをしてくだいまし。それとも……やっぱり私じゃおイヤですか」
まず初っぱなのボーイに彼女が接吻をしながらの台詞がコレ(爆)。そのあとに地の文で「弓恵の長い睫毛かが不安げに揺れ、瞳が俄かに潤んで見える。その唇は微かに濡れて艶かしい桃色の隙間からより赤い小さな紅色の舌先が見えた」なんて感じでまたまた端正な文体へと揺れ戻るその落差が凄まじい。続いてボーイのキスをしながらの台詞回しにも、このオノマトペは炸裂し、
「ん、んんんんちゅうっつ、ちゅぷぅん、んはあっ、ゆ、弓恵ぇ……」
「んちゅ、ちゅぷぅんっ、んふうぅんんっ。そう、そうですよ、坊ちゃん、とっても上手……。んんふうぅぅんんっ、ちゅぅんっ、んはあぁぁ……っ」
……
「そうそう。ほら、こうして……んはあぁぁぁ、はむぅんんっ。じゅちゅるるっ、じゅちゅうぅんん……」
……
「じゅちゅうぅんんっ、んはああっ、ジュルルッ。んふうんんんっ、あああっ、上手ですよ、坊ちゃん。もっと私の舌をお吸いになって……。んはああぁぁぁっ……」
「ああああっ、じゅちゅるるるんっ。じゅちゅうぅん、弓恵ぇぇ……っ」
アンマリたくさん引用しているとこっちの頭がおかしくなりそうなので、これくらいにしておきますが(爆)、とにかく後半へと物語が進むにつれ、この「じゅちゅるるん」はさらにエスカレート。寮母に口淫を施せばボーイの台詞は「んふううぅんんっ! じゅちゅるるっ、ベロベロべろっ! ぶちゅるるんんっ」とマトモな言葉はナッシングのままオノマトペが連打され、今度は彼女がお返しにとボーイのナニをくわえるや「ぶぼっ、んぼっ、んふうぅんっ。じゅちゅるるっ、ぶちゅぅんっ。ずずぞぞぞっ、ちゅぶるんぅんっ、んふううぅぅっ」「ふぐうぅぅぅぅうううっ? んふっ! んふううっ! んぐっ、ごふっ、んぐうううぅぅっ! じゅちゅるるるっ、んぐっ、んぐっ、んふうぅぅんんっ!……」「んぐっ、んぐっ、んふううぅかんっ。ずぞぞぞぞぞっ」と卑猥を音を盛大に響かせるという具合。こうした表現を受け入れられるかどうかで、本作の”実用度”はかなり変わってくるような気がします。
本作の見所のもうひとつは、この下品に過ぎるオノマトペともとに文中の随所に挿入された、登場人物たちの斜め上を行く淑やかさが醸し出すポエジーでしょう。官能小説ならではの詩情といえば、最近読んだ中ではマドンナメイトの豊田満雄『ご近所妻 みだらなサークル』がパティシエという主人公ならではの女体をスイーツに見立てた表現が秀逸でしたが、本作に溢れまくる詩情もまた特筆大書されるべき素晴らしさで、ボーイのナニを「坊っちゃんのお勃起」と口にする家政婦の淑やかさなどはまだ序の口、最後には登場人物たちが揃いもそろって、
「坊っちゃんのお種汁で私の子宮を染めてくださいましっ!」
「ぼくのチ×ポ汁で弓恵の子宮にウェディングドレスを着せてやるよ!」
「……子宮が種汁ドレスを纏ってるぅぅっ!」
と本番行為に及びながら即興詩を吟じてみせるという奇天烈ぶり。端正な地の文の綴りが、下品なオノマトペを鏤めた台詞回しに蹂躙されながら、それでも官能小説ならではのポエジーに裏打ちされた作風はけっして乱れることなく、これはこれで作者の大いなる個性として受け入れてしまう、……というか受け入れなきゃ駄目なんだようっ! じゅちゅるるるっ! と作者に恫喝されているような心地さえしてくるから恐ろしい(爆)。読了してしばらくした後も、ときおり下品なオノマトペが頭にフと思い浮かんできては悶々としてしまう読者も少なからず、――いずれにしろ強烈な印象を読者の脳裡に刻み込む怪作として、黒本の長い歴史にまた一冊、記念碑が打ち立てられたといえるでしょう。オススメ、ではありますが、やや取り扱い注意ということで。
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