短編。これもAubebooksでまとめて購入した一冊です。物語は、ある季節になると発情してしまう女性の内心を綴った物語とでもいえばいいでしょうか。官能小説としての見所となるシーンとしては、バスの中でのヒロインの自慰行為と、女性の上司に怒られたボーイがトイレの個室で自慰に耽っているのに耳をそばだてながら自分も自慰をしてしまうという、――この二つでしょうか。いずれも交合シーンはナッシングという作風ながら、上の二つの描写だけでもかなりイケます。
しかしながら本作の魅力は、やはり生理的な発情とも異なる自らの身体の衝動をもてあましているヒロインが自らを内省しながら、この発情の所以とその理由を過去にまで遡って探っていく縦線、そして自らの身体と境遇の変化とを重ねながら日常を綴っていく横線との巧みな交錯を施した構成でしょう。
この発情について、「まわりは変わりゆくのに、私はいつまでも同じ場所に留まっている。そのことに気持ちが揺れ、肉体が暴走するのだろう、たぶん」と前半部で自分なりの見立てを披露し、中盤では自慰に耽るボーイと自らとを重ねながら「彼はわき上がるマイナスの感情を、性欲に転換してやりすごしているみたいだ。私のふだん抑圧されているものが、春に性欲として発露するみたいに」という気づきを得るとともに、「私の発情期は、たぶん何かの発露なのだ。じゃあその場合、「心にあるものや隠していたこと」ってなんだろう」という疑問によって自らを内省するきっかけを得ることになります。
そうしているうち、彼女の日常に外部から変化がもたらされ、その変化の明示とともに、「心にあるものや隠していた」ものの本当の姿ははっきりと綴られないまま物語は幕を閉じるのですが、しかしおそらく彼女の心の内省を客観的に観ることができる読者にしてみればその真相を突き止めることはおそらく容易でしょう。「同じ場所に留まってい」た彼女が、この変化によってこの発情期を脱し、「健全なありかた」へと回帰し、肯定的な恋愛を体験するであろう未来を予感させつつ幕を閉じるこのラストシーン――短編としては非常に好ましく、個人的にはかなり気に入りました。
長編とは異なり、大胆な官能シーンを入れることがかなわない中で、二つの大きな「見せ場」も用意して、それがまた直接的な交合ではなく、非常に秘めやかな、そして「同じ場所に留まっている」という彼女の内心の自覚を暗示したものである趣向など、官能描写も含めたその構成は非常に構造的。まさに良質の短編だけが持ち得る巧みさを堪能できる一篇といえるのではないでしょうか。オススメです。
個人的にはこうした埋もれた短編をカジュアルに刊行できるのは電子書籍の大きなメリットの一つだと考えています。これが紙本だと、短編がある程度揃わないと一冊の本としては刊行できないわけで、このあたりの強みをもっと押し進めて、AubebookもExtreme Loveな作風を盛り上げていっていただきたいと願ってやみません。