瀬井氏の官能小説には暖かさがある――なんて妙な書き出しから始めてしまいましたが(爆)、本作もまた先日取り上げた『美人調査員 調教魔の淫乱操作』と同様、官能描写そのもの以上に、個人的には官能の背景となる男と女の関係と主人公の成長を巧みに描き出した一冊として堪能しました。
物語は、冴えない訪問販売のリーマンがヒョンなことから女の深層心理を知ることができるというテクニックを身につけ、それを用いて人妻を次々と籠絡していく、――という話。
本作は一般的な官能小説とやや趣が異なり、かなり意識的に男女の意識の流れを区分けして描いているところが面白い。主人公がそのテクニックを使って人妻を催眠状態にも似た状態へと陥れると、そこからシーンが切り替わるように、今度は女の側の視点から内面心理を細やかに描き出していくのですが、こうした視点の切り替えによって、男性視点で進行する物語であるにもかかわらず、官能描写のキモとなる女性側の快楽への戸惑いや期待を読者の側の意識が停滞することなく明らかにしていきます。
人妻には様々な背景があり、それゆえに潜在意識には変態的な性への願望が隠されてい、主人公がそのテクニックを用いてそうした女性の心理を解き明かしていくとともに、性行為によって彼女たちの心を癒やしていくという一連のセラピーが六章にわたって展開されていくのですが、やはりここでも『美人調査員 調教魔の淫乱操作』と同様、個人的にはやはり主人公である男性を見つめる作者のやさしいまなざしが心地よい。訪問販売の成績もふるわずやさぐれていた主人公がとある特殊な能力を身につけ、それを”武器”に人妻を籠絡し、同時に男としての自信をも取り戻していくという構成は、昭和時代のリーマン小説にも通じる成長譚としても読めるような気がします、――というか、自分はそんなフウに愉しんでしまったわけですが(爆)。
主人公が最後の章である女性と偶然の邂逅を果たし、ある決意をするところで物語は終わりを告げるのですが、彼が自らの「宿命」を受け入れる幕引きはどこか寂しくもあり、それでいて彼が過去を乗り越えて成長し、新たな階梯を上りだそうとするその後ろ姿を祝福してやりたい気持ちも交錯します。『美人調査員 調教魔の淫乱操作』もまた主人公とヒロインとの新たな関係を期待させつつ、むしろ事件を乗り越えた主人公が成長する姿が心地よい感動をもたらす逸品でしたが、官能小説をこんなふうにリーマンへ勇気を与える成長譚として仕上げてしまう作者の技倆は生半可なものではありません。
あるいはこうした官能小説の作風は、官能描写だけを期待する読者にとっては本流ではないのかもしれませんが、昭和の時代のエロあり、確執あり、事件あり、冒険ありと様々な面白さがイッパイに詰まった大衆小説の数々を通過してきた自分のようなロートルであれば、瀬井氏の一連の小説はかなり愉しめるのではないでしょうか。もちろん、本作でもプールを舞台にした水中セックスなど、趣向を凝らした官能描写はシッカリと用意されているので、マドンナメイトの一冊として手に取られた方も必ずや満足すること請け合い、重量級の陵辱が大展開される佐伯香也子女史などの作風ももちろん大好物ではあるのですが、それだけではいかにも胃が凭れることもまた事実(苦笑)。瀬井氏には、リーマンの味方として、本作のような軽妙な味の官能小説もまた書き続けていってもらいたい、と願ってやみません。