傑作。長編短編を合わせた一冊で、官能小説の一冊としてはかなりのボリューム(普通の作品のほぼ二倍)で、堪能しました。
冒頭を飾る「姉・縛られたい」は第十章とエピローグを含む長編といってもいい一篇なのですが、姉との交合を夢見る弟の過去と、現在進行形で姉の友人が仕掛ける奸計とが描かれているのですが、姉の綴った妄想とも願望ともつかない手記を織り交ぜて近親相姦のタヴーを破るべく弟を導いていく展開がスリリング。近親相姦といえどもジメジメした雰囲気は皆無で、弟が姉に性的興味を持つにいたったきっかけから、その性癖をこれまたアッケラカンと受け入れてしまう姉という性格造詣も明快なら、テンポ良く進んでいく姉と弟との絡みのパートで隠微に進められる奸計が心憎い。それは冒頭の、姉とその友人の描写からも仄めかされているのですが、エピローグで明らかにされるその真相によって、今まで舞台の上にいた姉と弟が一気に後景に退いてしまう趣向が素晴らしい。
「硝子の寝室」と題した三話はそれぞれに、ストレートな官能小説というよりは幻想小説へと大きく傾斜した小話で、「第一話 檻」の従兄の屋敷の留守を任されたヒロインが檻の怪しい魅力にとらわれて次第に狂気の淵へと堕ちていくという一篇。このフェティッシュと狂気を織り交ぜた風格は乱歩のあやかしにも通じ、幻想小説が好みの御仁であればまず気に入ること間違いなし。
続く「第二話 鏡」は、性にオープンな妹によって”あること”をされてしまった兄が内奥に眠っていた自身の願望に気がつくという物語。ここでもまたアッケラカンとした妹の造詣がなかなかに効いていて、この妹に従うまま”あること”をされてしまった兄が鏡を介して知る真実が意外な真相を開示するミステリーの趣向をとっていて素晴らしい。
「第三話 柱」はマゾ行為を望むマダムにずっとある「お仕事」をしてきたヒロインが、最後にマダムの隠された過去と対峙するという物語なのですが、ヒロインの視点から物語を進めてマダムの内面描写をいっさい拒絶して綴られる構成から、最後にその真相を一息にマダムの口から語らせる構成が見事に決まった一篇です。もちろんその真相は、作者の官能小説らしい倒錯を極めたものなのですが、文学的な香気さえ感じさせるその描き方がまた秀逸。
「硝子の寝室」に続いて、六つの短編が収録されているのですが、この中では「透きとおる愛」がピカ一。あとがきに「ぼくはミステリーが好きで、作品のなかには必ずミステリー的な要素を含ませることにしている」と書いている通り、ミステリとしてのどんでん返しが素晴らしい。中年の同性愛者に迫られて関係を受け入れた青年の視点から物語は語られていき、彼が焦がれる女性を苦しめる男の影を取り除くべく起こした行動がとんでもない自体を引き起こし、――という物語。青年の行為が完全にストーカーで常軌を逸しているところもアレなのですが、それ以上に犯罪行為とともに明かされる青年の正体にはまったく予想もしていなかったので超吃驚。よくよく冒頭から読み返してみれば、中年男との行為など官能描写の中にもしっかりと伏線が凝らされていることに気がつきます。このあたりはまさにエロミス。
「詰め込まれる欲望―快楽梱包術」も官能小説というよりは、宇能鴻一郎を彷彿とさせる変態男の物語で、女装姿で箱詰めにされたいというフェチ満載の願望にとらわれた読者の手紙によって物語は綴られていきます。「人間椅子」みたいな展開がもしや……と期待させつつ、アッサリと幕を引いてしまうところがやや物足りないとはいえ、願望が次第に姿形をとりながら物語が終盤へと進んでいく展開が心地よい一篇です。
長編、中編、短編をまぜこぜにし、なおかつストレートな官能小説というよりは変態小説、幻想小説と呼ぶのが相応しい作品など、まさに作者があとがきで述べているとおり「館ワールド」満載の一冊です。「実用」一辺倒から少し離れて、官能小説を幻想小説やミステリといったジャンルに引き寄せて純粋に物語を愉しみたいという方であれば、かなり愉しめるのではないでしょうか。オススメです。