はじめて読んだ瀬井氏の本がコレ。AVと異なり、果たして官能小説のジャンルとして”催眠モノ”というのがしっかりとした地位を築いているのかは不明なのですが、戸川昌子女王の『夢魔』の洗礼を受けたのち、麻耶十郎『犯された教室』収録の短編「陵辱の鍵言葉」によって「催眠とエロは親和性が高い」ということを確信した自分としては(爆)、本作もまたそうした催眠ものの秀作として大いに愉しめた次第です。
物語は、「行間の魔術師」と呼ばれる主人公の男と女探偵が、奇妙な事件の捜査を進めるうちに、ミイラとりがミイラになって、件の女探偵は催眠術師の罠にハマッり、……という読者が期待する通りに話は進んでいきます。そうした構成こそ定石をうまくトレースした一作ながら、本作ではセックスにも積極的なヒロインの造詣が珍しい。女探偵が奸計に嵌まることが当初から明らかであれば、ここは普通に貞淑なヒロインを用意するのが普通ではあるものの、このセックスにもおおらかなヒロイン像であるからこそ、物語が進むにつれ、犯人の罠に陥ったヒロインと、彼女を救おうと奔走する主人公との関係の変化がより際だってくる趣向が素晴らしい。
赤の他人である主人公とヒロインが、事件に深入りする前から男女の関係を持っているというのは、ともすれば強引な設定にも感じられるはずが、本作では、性に奔放なヒロインであるからこそ、主人公が彼女と早々にセックスへといたる展開にも違和感はありません。セックスによる刹那の関係を端緒に、ヒロインと主人公の相手に対する心情の差異が明かされると、二人が事件に関わるうち、主人公の彼女に対する気持ちにも変化が生じていくのですが、その様子が非常に丁寧に描かれているところも好感度大。
もちろん冒頭から、女子高生にOLとコーフンできる官能シーンもテンコモリなのですが、催眠ものの特色として、実際の挿入シーンは控えめで、催眠によって淫欲に溺れる女性たちの痴態がネチっこく描かれているところも素晴らしい。これは表サイトの花房観音の『指人形』の感想にも書きましたが、「官能シーンを描かずにいかに読者をコーフンさせる」かという視点で官能小説を読んでいる自分としては、まず第一に挿入行為以外の描写で十分に「実用に足る」魅力を放つ本作は、それだけでもイチオシとして催眠マニアにはオススメしたい一冊でもあります。
上にも述べた通り、敵方の罠に堕ちたヒロインと主人公の恋愛物語としても密度の高い物語が展開されているところもまた本作の美点でありますが、主人公の宿敵ともいえる人物が黒幕にい、その人物とヒロインを賭けて戦う最後の見せ場もイイ。催眠に翻弄されるヒロインが二人の男の前で痴態を演じながらも、それが主人公の仕掛けた極上のセラピーへと転じる仕掛けなど、定番の展開を忠実にトレースしながらも、ヒロインの造詣や催眠の趣向などに新機軸を取り入れた物語の着地点は、陵辱ものとは大きく異なる爽やかな読後感を与えてくれます。
作者はこのほかにも明らかに北の国でしょッというような独裁国家に日本が占領され、――と、とんでもな”イフ”の設定から大和撫子の哀切や登場人物の心情を繊細に描き出した『特別女子養成学院 魔の奉仕授業』など、官能シーンだけではない、しっかりと構築された人間ドラマが魅力の作品が多くあり、異才・柚木郁人氏とはまた違った意味で注目している作家の一人でもあります。催眠ものの官能小説のご所望の方であれば、まず安心して手に取っていただける一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。