この記事を書くために再読。とにかく柚木ワールドは心してかからないと、翌日は何も出来ないくらい心身ともに疲れ果てて大変なことになってしまうのですが(苦笑)、……今回は再読にもかかわらずやはり行間からたちのぼる尋常ならざる熱量に圧倒され、読後は完全にノックアウト。今回の再読においても、初読時に感じたドノソの『夜のみだらな鳥』や沼正三『家畜人ヤプー』に比肩すべき異端世界を活写した傑作との評価は変わりませんでした。
個人的に柚木ワールドの現時点での代表作をまず挙げるとすれば、まずは官能小説に和の異端美の趣向を凝らした頂点たる『美処女 淫虐の調教部屋』と、硬質な人工美を極めた本作ということになるでしょうか。さて、そんな本作のあらすじを簡単にまとめてしまうと、ある人物の奸計によって一家離散の憂き目にあった家族の双子娘は、瀬戸内海に浮かぶ島の看護学校に入学することになるものの、そこは恐るべき悪鬼羅刹の統べる王国だった、……という話。
閉鎖的空間でありながら、同時に世界へと開かれた小島を舞台に設えた発想がまず秀逸で、作者ははここでまさに悪魔の規律によって統治された地獄を描き出してみせます。作者の他の作品に比較して顕著なのは、この島の規律について説明がなされる地の文から醸し出される圧倒的な熱量でしょう。物語の構成や人物造詣だけでなく、詳細な奴隷の格付けの規律など、本作において作者はこの王国を無から作り出している。そのおぞけを誘う王国の描写の数々は完全に官能小説の枠組みから逸脱し、硬質な文体ともあいまって幻想小説へと限りなく傾斜していきます。後半にさらりと描かれる王国の暗部、――その牢獄で生かされている「怪物」の造詣などは、官能小説というよりは完全に怪奇小説のソレ。
そしてこの人工美を極めた王国で展開される官能物語においても、作者はかなり大胆な実験に挑戦しています。それがタイトルにもある双子の関係で、一般に官能小説であれば、双子が同時に奴隷に堕ちるとお互いがお互いをかばい合うというのが定石ながら、本作では、柚木ワールドにおいての定番である「関係の転倒」をより凄惨なものへと見せるため、双子関係に姉妹愛ではなく、姉妹ゆえの憎悪を持ち込み、二人の関係を極限まで歪なものへと落としてしまいます。その小説的技巧として注目すべきは、妹が姉に歪んだ感情を抱くきっかけとなったある描写でありまして、いつになく括弧書きで表現される登場人物の心理描写が少ない本作において、このシーンにだけは妹の心情をはっきりと記しているところに注目でしょうか。「今までなかった感情」が姉に抱いていた「同一化の心理」を圧倒するシーンの残酷さ、おぞましさ。そして最後の一文でその思いを一息に綴ってその節を締めてみせる構成の巧みさ――。
さらに本作には異端の官能小説としての一面のみならず、カードゲームにおけるトリックや島からの脱出など、娯楽小説としての魅力を備えているところが素晴らしい。姉と妹の立場が逆転し、柚木ワールドでは定番の名前の改変や肉体改造によって、姉妹としての肉体的相似の乖離からますます立場の逆転が強調される趣向の見事さはもちろんのこと、「オペレーション・アリス」と名付けられた肉体改造シーンのグロテスクな描写など、普通に「実用一辺倒」のみを指向した官能小説とは完全に一線を画したその作風は、読むものを幻惑し、また圧倒させるに違いありません。
そうした展開を支える登場人物たちの相関においては、団鬼六の『花と蛇』を彷彿とさせる日本の官能小説の定石を取り入れているところが心憎い。この幸せな家族を奸計によって一家離散の憂き目を合わせた張本人は、かつてこの家で働いていた女中なのですが、使用人が幸福な家庭に理不尽な復讐を施すという構図は、まさに『花と蛇』。さらに『花と蛇』と本作が大きく異なるところは、登場人物たる悪人たちがそれぞれに歪んだ美意識の持ち主であることでしょうか。お互いの美学を尊重しつつもサド的な議論を戦わせるシーンがこれまた圧倒的だった『聖少女 魔の完全調教』ほど外連味のある見せ場こそありませんが、本作でもライバルとでもいうべき人物たちが自らの所有物である奴隷たちを競うように蹂躙し、また堕していく様が、激しくも怜悧な文体によって綴られていきます。
そして後半になって一家離散していた家族がおぞましき再会を果たすことで本作は幕となるのですが、悪魔が次なる計画をそっと読者に明かしてみせる最後の一文以上に、ヒロインが「妖しい歓び」を抱き、悪魔に「感謝せずにはいられない」その哀しすぎる心情に戦慄しました。これは大石圭の「絶望的なハッピーエンド」と同様の指向性をもったグロテスクさで、この美しくもおぞましいラスト・シーンを目の当たりにするまでノン・ストップで駆け抜ける本作は、まさに作者の代表作のひとつといってもいいのではないでしょうか。超オススメながら、あくまで取り扱い注意、ということで。
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