『アニスタ神殿記』という『家畜人ヤプー』にも比肩する幻想小説の大傑作をKindleで発見して以来、大ファンとなってしまった佐伯女史のマドンナメイト文庫デビュー作。『アニスタ神殿記』はフツーに日本の黒い水脈にも通じる闇の文学として、表のブログでも紹介したわけですが、さすがにマドンナメイト文庫という、フランス書院と並ぶド真ん中の官能小説レーベルからリリースされた本作や、これに続く『恥辱の鬼調教』などは本格ミステリーと一緒に並べることはできないよなァ(爆)、……というわけで、この”裏”ブログを立ち上げた次第です。
と、前口上はこれくらいにして、本作の内容ですが、叔父の経営する会社で秘書をしていた娘っ子が、取引先の社長に突然監禁されることになり、壮絶な責め苦を受けることになるのだが、――という話。これだけバッサリとまとめてしまうと、いかにも官能小説の王道をいくマドンナメイトらしい一冊ということもできるのですが、昨今のどちらかというソフト路線の官能小説などドコ吹く風といった具合に、容赦ない拷問を受けても毅然とするヒロイン・有理子の造詣の素晴らしさはもちろん、佐伯女史ならではの壮絶な拷問が見所のひとつであることはいうまでもありません。
とはいえ、個人的に惹かれるのは、やはり拷問シーンのディテールよりも、なぜヒロインはいきなり監禁されてしまったのか、そしてその奸計の背後にはどのような策略が張り巡らされているのか、といったあたりの物語の裏に潜む構図と、これだけヒドい拷問・調教をあじ合わせておきながら、当のサド男は彼女を女神のように慕っているという複雑な思いの背景が物語の後半で明かされていく結構の見事さで、このあたりの拷問・調教にもしっかりと背景と動機があるからこそ、決してただの奴隷には堕ちないヒロインの毅然とした美しさが際だつのでしょう。
また本作ではさらに、第七章「永遠に続く愛の夢」から明かされていくある趣向が素晴らしく、彼女を調教した意味と、調教する側の人物が彼女をかくも崇拝する深意が、佐伯女史のあるシリーズと素晴らしい繋がりを見せる展開にも注目でしょうか。あのシリーズもまた最後にメタ的な趣向も添えて、悪魔主義の横溢した結末で読むものを震撼させた傑作でありましたが、まさかあれの続きがかくも濃厚な長編小説で読めるとは思いもよらず、女史のファンであればこの連関を目の当たりにするだけでも、本作を手にする価値は十分にアリ、といえるのではないでしょうか。
決して”ただの”奴隷に堕ちない、それゆえに調教される女の輝きがいや増すという趣向は、『アニスタ神殿記』を典型とする佐伯女史の手になる官能小説の大きな特徴でもあるわけですが、個人的には本作、Sの側で彼女を監禁した社長・外村の彼女に対する痛烈にして哀切な思いに強く惹かれました。彼の深意は物語の前半では読者はもとより、ヒロインの有理子にも明かされれず、それゆえに前半部はただただ悲惨な拷問が繰り広げられるという、サド指向の読者にはたまらない悦楽をもたらすものの、このあたり構成も『アニスタ神殿記』を彷彿とさせます。もちろん佐伯女史の官能小説がそんな単純な話で終わる筈がありません。
外村のヒロイン・有理子に対する心情は、崇拝と怖れがないまぜになった非常に複雑なものなのですが、調教によって素晴らしい”奴隷”にして美しい”女王”に成長した有理子がその深意を悟ってさらなる高みへと至る、その大きな一歩をリストの『愛の夢』によって締めくくる幕引きの素晴らしさ――。まさに官能シーンを読み飛ばすだけでは相当にもったいない、官能の背後にある巧緻な構成と構図をこそ堪能したい一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。