いつも通りの傑作、――ながら読み始めた当初はかなり戸惑ってしまった一冊です。しかしながら読了してみれば、美少女二人の関係性の変容と心の移ろいなど、ヒロインの繊細な心情にも留意した物語はいつもながらも柚木ワールドで堪能しました。
物語は、引っ込み思案な娘っ子が大学推薦の甘い罠と引き替えに、鬼畜教師の奴隷となるも、――という話。このあらすじだけに眼を通せば、官能小説には定石でもある極めて普通な調教ものかと勘違いしてしまうのですがさにあらず。前半、鬼畜教師から奴隷調教を受ける美少女・美穂がある復讐計画を思いつき、もう一人の優等生美少女を奴隷へ堕落させんと策略を巡らせる「九月の章 新たなる標的」からが本番で、ここから美穂の哀しい過去と、「新たなる標的」となる優等生・沙也香と宿業が明かされていく趣向が素晴らしい。
柚木小説では、冒頭から早々にヒロインの辛い来歴を綴り、彼女たちの背景の大まかを明らにしてから調教が開始されるのが定石かと思うのですが、本作では美穂の家族がいまの境遇に堕とされた逸話はさりげなく語られつつも、それが前半では詳らかにされることはありません。新たに毒牙の餌食となる沙也香の登場によって、彼女と美穂、二人の家族の境遇が明かされることで、美穂の心に渦巻く「黒い欲望」の真意が説得力をもって迫ってくる中盤からの展開は復讐ものとしても十分な魅力を備えています。さらには柚木ワールドの住人としてはどうにも役不足に思われた鬼畜教師に続いて、本丸ともいえるワルの登場と相成って、美穂の復讐に荷担する展開も素晴らしい。
また権力者であるワルが堕落させるのはヒロインの美少女か、その母親というのがこれまた柚木ワールドの定石でしたが、本作では美穂の奸計によって、沙也香の父親が魔道へと堕ちていくという悪魔主義溢れる筋運びも秀逸です(このあたりはちょっと綺羅光を彷彿とさせました)。
そして本作でもっとも惹かれるところは、復讐を誓いつつも奴隷へと堕としてしまった沙也香に対する美穂の心境に変化が訪れていく後半の展開でしょう。今回、柚木氏は敢えて自らの十八番である人体改造を用いることなく、それをヒロインたちへの脅しの種として仄めかすのみにとどめており、従来からのファンであればこのあたりをやや物足りなく感じるのではと推察されるものの、美穂の繊細な心情の変化を切々と綴りながら悲劇と哀切溢れる幕引きへと昇華させる本作の風格に人体改造の趣向はやや激しすぎるかナ、――というふうにも感じられたので、個人的にはこれもアリ。
人体改造を用いなくとも、終盤、美穂が再会を果たした沙也香の悲惨な姿は涙を誘うこと間違いなく、むしろいつもの小学生堕ちの方がまだ良かったのでは、――などと感じてしまったのは自分だけではないでしょう。そしてその悲壮な姿を目の当たりにして、美穂がある決意とともに自らの希望を口にするシーンの美しさ――。『双子少女 孤島の姦護病棟』がホセ・ドノソの『夜のみだらな鳥』にも比肩する人工楽園を舞台にした幻想小説だとすれば(というのはチと大袈裟か(爆))、こちらは暗黒メルヘンとでもいうか――。人体改造の封印と、ノーマルな官能小説らしい調教ものの定石としてスタートした物語も、最後は柚木ワールドの住人らしからぬ人物がヒドい仕打ちにあって退場することで、作者らしい物語世界へと収斂していく結構も見事に決まっています。前半部は作者の作品にしてはやや異色とも感想をもたれるやもしれませんが、決してそこでページを閉じることなく最後まで読み進めれば、作者ならではの鬼畜ぶりと哀切を堪能できる逸品といえるでしょう。オススメです。