第一回団鬼六賞優秀作受賞「花鳥籠」のほか、その番外編ともいえる短編「おれの繭子」が収録された一冊。
「花鳥籠」は、闇サイトのチャットにのめり込んだ人妻が、Sと名乗る人物に操られるまま命令を実行していくうち、シュウという少年と知りあったのをきっかけに破滅への道を突き進んでいく、――という話。
Aubebooksのサイトでは物語の後半部の展開も含めてあらすじが書かれてしまっているゆえ、ネタバレにはならないと思うのですが、この件の闇サイトの運営者というのがこの少年で、彼の命令に従うまま屋外でエロいことをしているところを少年に見つかってしまうという偶然から、ネットというオンラインでの行為とオフラインにおける日常とが重なり、二人の破滅が始まっていくという中盤以降の展開が大変にスリリング。人妻と少年という二人の視点から、お互いの暗い過去が明かされていき、そこから二人の秘められた性的欲求の根源となる秘密が繙かれていく趣向はややありきたりながら、人妻が少年を庇う心理の奥底に、肉体的衝動や心に傷を持ったもの同士の仲間意識、さらには母性など様々な――まさに女、おんな、オンナとしか言いようがない複雑な思いを繊細に解き明かしていく心理描写が秀逸です。
もちろん官能小説としてのシーンも満足のいくもので、チャットでの命令に従うまま操られる女性の淫らな行為などは、催眠ものがお気に入りの好事家にもかなりクるものがあるような気がします。もっとも本作では、そうした官能描写以上に、上に述べたようなヒロインと少年との出逢いから奈落へと向かう逃避行の中で二人の性と暗い情念を織り交ぜた心理描写の方が際だっているように感じました。こうした心理をより明確に描き出すための官能、とでもいうか……。大石圭であれば、この逃避行の結末を敢えて描くことなく「絶望的なハッピーエンド」で締めくくるという「美学」を見せてくれたかと思うのですが、本作では、少年やヒロインの造詣も含めて敢えてそうした官能小説的な美学を排除したリアリズムで押し切っているところがモダン官能。逃避行の結末から懶惰な日常への回帰まで、現実世界においてはこのような幕引きは必然とでもいうべき非情な刃を突きつける作者の筆致はかなりクールで、個人的にはかなり気に入りました。
ヒロインと少年二人の心理の重なりを細微に描き出した「花鳥籠」と見事な対照をなすのが「おれの繭子」で、妻もいる平凡な男が、真性のM女と出逢ってしまったばかりに破綻していく展開は完全にホラー。一貫して男の視点からしか逸話が語られない「一方的」な「強制」が、「花鳥籠」とはまったく逆の趣向をなしており、本編ともいえる「花鳥籠」の番外編としながらも完全に独立した作品としても愉しめる面白さで魅せてくれます。
二編に登場する人物造詣には官能小説らしい「美学」が個人的には感じられないのですが、その一方で、花鳥”籠”におれの”繭”子と作品のタイトルにはしっかりと筋の通った「美学」を見せつけている作者のこと、こうした登場人物造詣については、敢えてファンタジーへと逃避する官能小説の定石を忌避して、徹底してリアリズムを追求した帰結ではないかと推察する次第です。官能小説としても十二分に愉しめるM女の描写はもとより、その女、おんな、オンナの複雑な内心を繙いて女の因業を鮮やかに描き出した一冊としても秀逸な作風は、官能小説ファンのみならず、まさにExtreme Loveを標榜するAubebooksの典型としてオススメできるような気がします。