最近は眼の悪化が酷く、できれば本は紙ではなく電子書籍で読みたい、――そんな自分がもっぱら使っているのはアマゾンのKindleストアではなく、SONYのReader™ Storeだったりするのですが、ここで「マドンナメイト文庫」で検索をかけてみると、その結果ヒットしたのは2016年7月24日の時点で611件。体験談などを除き小説のみとすれば、もう少し冊数は縮まるかなという気がします。このくらいであれば踏破できるんじゃないかという気がムラムラと湧いてきました。というわけで、当面このブログは、「ReadersStoreで売られているマドンナメイト文庫の小説全冊読破」を目標にしたいと思います(爆)。そうなると、ではどこから読み始めるかということになるわけですが、一応検索結果の新しいものと古いもの、それぞれを新旧取り混ぜ、あらすじにざっと眼を通して面白そうな(かつ自分の趣味に合いそうな)ものから着手していきたいと思います。
というわけで、まずその第一弾に選んだのが、検索結果から「出版日が古い」でソートして、一番最初に表示された本作であります。収録作は、女装趣味のレイプ魔が無垢な姉弟を襲撃したばかりに痛快な天誅を喰らう表題作「姦られる」、不能者である叔父から奇妙な相談を受けた男が味わう甘美なる奈落「獣たちの聖夜」、淫蕩なる美姉妹のレズプレイを濃密に描いた極上メルヒェン「ストロベリーは秘密の香り」、アナル好きのアラフォー女に降りかかる白昼の受難にミステリ的な謎解きを凝らした「淫狼は人妻を狙う」、不感症に悩む人妻の夫の不可解な死に隠された真相とは「濡れた蘭は死の匂い」、強姦経験のある女流画家の描いた絵に隠された隠微な謎「禁断の海に溺れ」の全六篇。
本作を読んで吃驚したのは、官能小説でありながら殺人事件などを絡めてしっかりとトリックと謎解きが凝らされているその作風でありまして、特に後半の三編は、七、八〇年代あたりに興隆を極めたリーマン御用達たる推理小説の一群に入れてしまっても全く違和感なしというほどの仕上がりで感心しました。しかしながら、当時の推理小説がサービス精神を発揮して織り交ぜていたお色気成分を今少し増量したとしても、本作のような作風は成立しえなかったような気もまたします。まずエロがあり、そして人物の相関図が官能を生みだし、それがミステリーの仕掛けと奇跡的な出逢いを果たす、――もしかしたら石持浅海を典型とするエロミスのご先祖様はこんなところに隠れていたのカモ、と思わせるほどの逸品でありました。
……と、一冊の本の感想としては、上ですべてを語り尽くしてしまった感があるのですが(爆)、官能小説としてのエロ・シーンもそれぞれが素晴らしい。官能小説としての描写、という点では現代の作品に比較すると、まだアッサリと淡泊なところはあるものの、姉弟や、人妻と義弟など人物の関係をまずしっかりと基盤に据え、そうした舞台装置を前提にした官能描写には確かに解説で関口苑生が指摘してるとおりの「哲学」が感じられます。
表題作の「姦られる」からして、女装趣味の強姦魔とかなりキワモノな主人公を登場させ、彼が女装趣味の倒錯へと堕ちていった来歴を描きつつ、後半にいたるとその視点を被害者の姉弟へと切り替えた構成が秀逸です。盲目の弟をひたすら庇う無垢な姉の振るまいと、その献身につけ込んで、姉に自慰を強要する強姦魔との掛け合い、――とくに官能小説では定番中の定番である「自慰の実況中継」に、盲目の弟であるがゆえに姉の痴態を観ることができないという設定を添えて、しっかりとした必然を凝らしているところが心憎い。
「淫狼は人妻を狙う」は、白昼、家に忍び込んできた強盗に姦られる、という定型を採りながら、強姦魔の奇妙な振る舞いを謎として、被害者である人妻がその行為の最中での気づきを添えて伏線を回収していく展開がいい。犯人は二人のうちの一人、というフーダニットをバッチリ明かしながら、強姦行為に隠された”二重性”によって読者に驚きをもたらす事件の構図もまた極上。
「濡れた蘭は死の匂い」も人死にが発生するミステリー仕立ての逸品で、不感症の人妻の実の弟との隠微な関係を暗示させながら、それを見事な誤導へと昇華させた仕掛けが素晴らしい。人妻が不感症の治療へと訪れた病院でイヤらしいセラピーを受ける描写を前段に配し、彼女がその病へと至ったトラウマの中に弟がいる、――館ワールドでは当然のごとく予想される姉弟との禁断の愛を予告した中で発生する旦那の死。その犯人はアイツだろ、と思わせた予想を裏切るように意想外な人物が探偵となって、真犯人の前に立ちはだかる展開には完全にノックアウト。そしてまたそこに使われたトリックがなんとなんと、『占星術殺人事件』や台湾ミステリの某作でも使われたアレだと知ったときの驚きといったら。
「禁断の海に溺れ」は、いきなり女流画家の強姦シーンから幕を明け、そこから彼女の過去に隠された背徳を辿っていくという展開で、失踪中の弟と彼女が淫蕩に耽るブツとの関係から、弟はアソコにいるだろ、と思わせておいて、最後にはええッ?!というイキナリの展開で驚かせる趣向が秀逸です。この歪さは、懐かしの探偵小説風味というかなんというか――。
とにかく全短編驚きの連続で、官能小説として以上に今回は不覚にもミステリーとして愉しんでしまいました(爆)。まさに名作として、官能小説ファンのみならず、戸川昌子あたりを偏愛する自分のようなミステリ読みでも十分にイケるのではないてじょうか。オススメです。