ベストセラーズ文庫から刊行されている千草忠夫の作品は、おおよそ官能小説らしくない装幀が素晴らしく、ここ最近になってボチボチと買い集めては積読しています。実は千草忠夫御大の小説はあまり読んだことがなく、今回取り上げる大作『闇への供物』も初読。巻末に掲載されている早川氏の解説によれば、作者は「長く団鬼六氏の二番手に甘んじていた」とのことですが、第一巻を読んだ限りでは、鬼六御大のこれまた名作『花と蛇』とはかなり趣向が異なる作風のように感じられます。たくさんの可憐な美女・美少女たちがワル男の奸計によって堕されていくという官能小説としての要諦こそ同じながら、両大作の質感は、さながら中井英夫の『虚無への供物』と竹本健治の『匣の中の失楽』ほどに違うというか――。
本作全体のあらすじとしては、北国にある架空の城下町を舞台とし、名門私立高校に通う美少女・知英と、その母で銀行専務の夫人である湯布子、さらには寺の未亡人・和香がワルどもの罠にはまって陵辱の限りを受けることになって、――という話。たくさんの美女・美少女が登場して次々と堕ちてく展開は、上にも述べた通り『花と蛇』と同様ですが、あちらがほぼ同一の空間で陵辱劇が展開される舞台劇だとしたら、こちらは学校に、ワルのお屋敷、さらには寺と様々な舞台が用意されてい、シーンの切り替わりも含めて映画を見ているような感覚を堪能できます。
官能小説としてはいうまでもなくヒロインの造詣が重要なわけですが、現代的な感覚も備えた美少女・知英、そして娘のためにという気持ちからズフズブとワル男の手に堕ちていく湯布子、そして完全受け身型で体の奥には淫蕩の血が色濃く感じられる美しき未亡人・和香と、性に対する立ち位置にもバリエーションを凝らした美女の配置が素晴らしい。様々な女を陵辱していく猛蔵のポリシーというのが、「一に押し、二に押し、三にも押し、これが女を屈服させるコツだ」というもので、実際このやり方で、もっとも押しに弱い未亡人・和香をあっさりと陥落させてしまいます。個人的には本作に登場する美女のなかでは、この和香が一番の好みでしょうか。
彼女は未亡人で、子供のころから知っている寺男に押されてアッサリと体を許してしまったところを、ネチネチと猛蔵に脅迫されて屈服してしまうという、――何ともな押しの弱さを披露してみせるのですが、それでいて猛蔵から仕打ちを受けるうち、次第に自らの淫蕩さを自覚していく心境の変化を繊細に描き出していく後半の転化が秀逸です。
「夕べはこうやって縛られながら、けっこうよがっていたじゃないか」と猛蔵にいわれて、自分のことを『変態……?』と疑い、「恐ろしさに汗が湧」くシーンなど、官能シーンのなかでも、カッコを駆使して美女たちの煩悶や投げやりな内心をつぶさに描いてみせる技巧が堪りません。またこの和香をイチオシしたくなってしまう理由はもう一つありまして、後半、いよいよ猛蔵に屈した和香が寺の御堂で辱めを受けるという、――この迷シーン(?)は必見です。戸川昌子女王の短編小説に、ドラッグでラリった野郎が女尻太鼓を堪能するというトンデモな一篇がありましたが、こちらは太鼓ならぬ女尻木魚で読むものを脱魂させる描写がプログレッシヴ。阿弥陀如来を前にして、官能に昂ぶる和香が「ああ、恥知らずな……阿弥陀さま、なにとぞ、なにとぞ、この和香めを哀れとおぼしめして、悪鬼をお払いくださいましッ」とほざくところは必見でしょう。
あらすじには、和香の娘・薫、さらには美人教師の葉子もワルたちの手に堕ちると予告されているので、この後いったいどんな展開へとなだれ込み、そしてどんな結末を迎えるのか楽しみでなりません。『花と蛇』とは異なり、ワル男の猛蔵の腹の中にはある痛烈な思いがあり、それがこうした奸計・陰謀とどう繋がりを見せていくのか、――二巻も期待したいと思います。