傑作。『美人秘書監禁! 甘美な拷問』は苛烈な拷問の背後に隠された構図の反転が鮮烈な印象を残す物語でしたが、本作はいうなれば、視点の反転によって前作の趣向を変奏してみせたという、これまた佐伯女史らしい構成の趣向が光る逸品でありました。
物語は、SNSで知り合ったいかにもなお嬢様を、ライター崩れの男が調教する、――というものなのですが、基本的には男性視点で書かれているところに要注目。この「ライターとは名ばかりの暇なフリーター稼業も十二年になる」という男が、いかにもなお嬢様のM性を初見で見抜いた後、強引に過ぎるリードでもって次々と拷問にも近い調教を施していくのですが、正直かなりレベルの低い、美意識のカケラもないような男の視点でMお嬢様が苦しむ様子を描いていくものですから、最初のうちは佐伯女史らしくないなァ、……と訝しみながら読み進めていったのですが、前半部の展開に読者がそうした感想を持たれるのも当然至極。このMお嬢様を引き連れて変態紳士たちのパーティーに参加する後半部からが物語の本番で、この微妙な違和感を交えて物語が次第に変化していく展開は、生半可な筆力で書けるものではありません。
主人公の、ライター崩れで、上流階級の人間ではないからこその焦りや劣等感――。パーティー参加者の社会的地位の高い彼らとの会話の端々に感じられる主人公の焦燥は、やがてMお嬢様に対する苛立ちを生み、それがまた調教・拷問をエスカレートさせていくのですが、――ここにきてようやく読者はハタと思いいたるのではないでしょうか。奴隷に対する深い情愛も希薄な薄っぺらい主人公の男の視点から見えていたMお嬢様の内心が、ここまできてもまったく明かされていなかったことに……。苦痛に悶え、鼻責めを初めとする拷問にもひたすら耐えていた彼女は、そのとき、いったい何を考えていたのか――。
地の文で男の独白のかたちを借りて、ヒロインであるMお嬢様が、彼の経験してきたM奴隷とは違うことは再三言及されているのですが、それはあくまで彼の視点から「違う」と見えているだけで、では「なぜ」違うのか、そして「どう」違うのか、――彼女に関しては、女子大の三年生であるという背景が簡単に綴られているのみで、交友関係も含めてそのことごとくがまったく不明の、謎めいた存在であることに気がつきます。前半部に美意識もない小物の男の視点から独善的に描かれていく調教・拷問シーンの連打は、大きな心境の変化もなく、その描写は苛烈でありながら、どこか単調にも感じられるのですが、それこそはヒロインの存在に関わる謎を読者に気取らせない、作者ならではの巧みな誤導であったことが、新年パーティーを境にして明かされていきます。
今までは主人の目線で独善的に見えてきた物語は、ある大きな出来事によって一気に反転し、一気にクライマックスへと突き進んでいきます。そこで明かされるヒロインの秘密は『美人秘書監禁! 甘美な拷問』にも相通じるものなのですが、この真相こそは、男を満足させるだけの”ただの”官能小説にとどまらない佐伯ワールドならではの真骨頂。今回、特に驚いたのは、第5章「過酷な雪中責め」のシーンに凝らされていた、彼女の秘密に関する伏線で、まさか拷問の中でいかにもさりげなく見えたある人物の行動がまさかヒロインに対する思いやりの発露であったとは。これにはかなり驚いた次第で、エロミス的な心理トリックといってもいいこの趣向だけでも正直本作を手に取った甲斐がありました。
佐伯女史”らしくない”主人公の造詣や、その美意識も感じられない独善的な視点の違和感の理由が、最後に構図の反転とともに明かされる結構は、やはりフツーの官能小説とは大きく趣を異にする本作、『美人秘書監禁! 甘美な拷問』や『アニスタ神殿記』に見られた構図の反転の妙が愉しめた方であれば、本作も間違いなく、買いでしょう。佐伯女史の作品にハズレなし、――その「真理」をまたもや証明してしまった本作は、ファンの方はもちろん、責めはハードであればあるほどイイ、なんていう「真性」の方も必ずや満足できる逸品といえるのではないでしょうか。オススメです。