「誘拐犯」に「密室の何日間」って、つい先日も同じやつを紹介していなかったかい?という疑問はごもっとも。しかしながら、先日ここで取り上げたのは『若妻と誘拐犯 密室の43日間』で、本作とは異なります。あちらは「若妻」に「43日間」で、こちらは「新妻」の「48日間」。本作の方が監禁時間が五日ほど長いとはいえ、内容にそれほど大きな違いはありません。
あらすじはというと、ネクラの美大浪人が見惚れた人妻を自宅のゴミ部屋に監禁し、欲望の限りを尽くすのだが、――という話。『若妻と誘拐犯 密室の43日間』も登場人物は誘拐犯と人妻のほぼ二人だけという密室劇でしたが、本作のそうした構成はほぼ同じ。中盤、旦那が出てきて、誘拐犯の送ってきたというビデオを警察官と一緒に視聴するというドMなシーンがあるのですが、これを除けばほぼ全編、誘拐犯がさらってきた人妻をただだた陵辱するだけというシンプルな構成となっています。ちょっと興味深いのは、『若妻と誘拐犯 密室の43日間』と比較しての類似性で、陵辱したあと、「肛虐による”処女”喪失」にウェディングドレスを纏った疑似結婚式という趣向が本作にも登場するのですが、これはいわば「人妻」「誘拐監禁」ものというジャンルのお約束なのかどうか……。ただあちらがひたすらネクラ男の執拗な陵辱風景を描けば描くほど、誘拐犯の心の悲哀が滲みだしていたのに比較すると、こちらはヒロインである人妻の彼への心の傾斜がより繊細に描かれていることもあってか、作風はやや明るめ。もっともヤッていることは五十歩百歩で、イッちゃっているという狂気の度合いはこちらが芸術家崩れでその挫折感もハンパないためか、本作の方が遙かに上かもしれません。
監禁部屋に人妻を連れ込むなり、自らが妄想スケッチした絵を見せて「気に入っていただけましたか? 心をこめて描きました。これは全部、奥さん……奥さんの緊縛画ですよ」と嘯いてみせたり、そうした自分の作品に対して「僕の才能の一端が垣間見える作品です」と自画自賛してみせるさまは痛さを通り越して空恐ろしくさえあります。人妻がドン引きすると、僕の絵は素晴らしいんダイ、と大見得を切ってみせるシーンでは、
「でも、不思議なことに誰も理解してくれないんです。いや、最初から理解する気なんかないんだ。画壇の奴らは胡座をかいて、金儲けのことしか考えていない。このままだと日本の絵画は駄目になる。なんで僕の芸術がわからないんだ!」
と「話しているうちに興奮してきて、語気が荒くなって」くる様を見せつけられては、抵抗する方が危ないと人妻が瞬時に悟るのも必定で、このあとはただだなすすべもなくヤれるまくるわけですが、本作ではそうした人妻の心理描写の中に科学的知見を交えているところが秀逸です。「ストックホルム症候群」などという言葉が飛び出してくる官能小説というのを自分は始めて読んだかもしれません。とまれ、陵辱されて感じまくる人妻の惑乱を丁寧に描きつつ、時に子供っぽく駄々をこねて甘えてみせる誘拐犯とのやりとりがなかなかに微笑ましく、ときには牧歌的な雰囲気さえ感じさせる趣向は本作の大きな個性でしょう。
「瑞穂さんこそはこの世に舞い降りたビーナス、美の極致だ。あなたこそ芸術です!」
と人妻の美しさを絶賛したかと思えば、彼女が少しでも拒絶の素振りでも見せると今度は、
「嫌だ!嫌だ! 離さない。死んでも離さないぞ!」
と「聞き分けのない子供のように、メチャクチャに怒張を繰り出してくる」。それでいて、反抗しようものなら、
「騒いだら殺す……まずは旦那から。このパンティみたいに切り刻んでやる」
と「これまでに聞いたことのない低く抑えた声音」で脅してみせたりと、硬軟織り交ぜたやり口で人妻を骨抜きにしていく様は見所ながら、誘拐犯の男は格別心理学に知悉していてそんな対応をしている筈もなく、単なる幼児性の発露に過ぎないことが物語の進むにつれて明らかにされていきます。やがて人妻の肉体だけでなく、心情においても微妙な揺らぎが見られ、最後のほうはかなり深刻な事態へと陥っていくのですが、『若妻と誘拐犯 密室の43日間』と同様の幕引きを迎える本作もジ・エンドは、いうなれば「人妻誘拐もの」の「お約束」なのか、どうか――。
『若妻と誘拐犯 密室の43日間』のような緊張感溢れる趣よりは、誘拐犯の幼児性と妙に明るい相互依存が最後に捻れたハッピーエンドを迎える本作は、「人妻誘拐もの」といううサブジャンル?の定石を詳らかにしている点でも、なかなか読み応えのある物語でした。それでいてこの定石をどう崩せば新境地を開拓できるだろう、……などと、創作者の視点からの色々と考えることもできる逸品ゆえ、官能小説の研究素材としてもなかなかに価値のある一冊ともいえるのではないでしょうか。オススメです。
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若妻と誘拐犯 密室の43日間 / 夏月 燐